柳井てつや
STORY
1964年の記憶
東京オリンピックの聖火を手に走った日。
あの炎が、今の活動の原点となっています。
昭和39年(1964年)、東京オリンピックの聖火リレー。私は牛久市の代表として、その聖火を手に走りました。あの日の感動と誇りは、60年以上経った今も色褪せることなく、私の心の中に生き続けています。
聖火を手に走った日
1964年10月、日本中が東京オリンピックに沸いていました。聖火リレーのランナーに選ばれたとき、その重みと誇りに全身が震えたことを今でも鮮明に覚えています。
聖火を手に走ったあの瞬間、沿道の声援に包まれながら、「この経験を誰かのために活かしたい」という思いが生まれました。その気持ちが、今日まで議員活動を続ける原動力となっています。
あの経験が、私の人生の方向を決定づけたと言っても過言ではありません。牛久市の発展のために働きたいという思いの原点は、あの聖火の炎にあります。
「手の中で燃えていた聖火の温もりは、 60年以上経った今も忘れない。
あの炎が、今も私を動かし続けている。」
— 柳井てつや
あの経験が今の活動につながっている
1964年10月14日、家族全員で東京オリンピックの陸上競技を観戦した。国立競技場を埋め尽くす観衆が一つになって選手を応援したあの日の熱気と感動は、60年以上経った今も鮮明に覚えています。人々が集い、感動を分かち合える場所の力——その確信が、牛久市に美術館を作りたいという思いの原点となっています。
人々が集い、感動を共有できる場所。それが街を豊かにし、人々の心を育てる。1964年に感じたその確信は、今も変わりません。
牛久市の歴史と共に
1964 東京オリンピック 聖火ランナーとして出走
牛久市の代表として聖火リレーに参加。この経験が人生の原点となる。
2000年代 牛久市議会議員に就任
「牛久市のために」という思いを実現すべく、議員活動を開始。
現在 20年以上の議員活動を継続
柳井通信58号の発行、学芸員資格取得など、行動で示し続けている。